連載ストーリー

第3話「秘策と大自然」

前回のあらすじ〜

青仁高校3年6組の在川葵(ありかわ あおい)は、あることがきっかけで、同じテニス部に所属する服部奈々(はっとり なな)と、「明日の実力テストの点数で勝負をして、負けた方がテニス部を辞める」という対決をすることになってしまった。

その場は勢いで勝負を受けて立った葵だったが、難関大進学の選抜クラスに所属している奈々に対し、自分は校内平均点かそれ以下の成績しか取ったことがないため、勝ち目のない勝負に絶望しながら帰宅する。

その夕方、今年高校受験を控えた中学3年の弟、俊(しゅん)の家庭教師が来ていた。

家庭教師の浪越考(なみこし こう)は葵に対し、「実力テストを楽しむための秘策」がある、もし知りたければ、授業後に聞きに来るようにと伝える。

自分の人生がこのままではダメだと薄々感じていた葵は、ついに決心し、考にその秘策を尋ねた。

 

 

葵「あの・・・教えてよ。・・・じゃなくて、教えてください!どうやったら楽しめるのか!

母「ん、何のこと?」

母は先ほどの部屋でのやりとりを知らないため、葵の言動を不思議そうな顔で見ている。

俊「姉ちゃん、授業中に僕の部屋に入って邪魔してきて・・」

俊が先ほど起こったことを説明しようとしたが、それを考が遮って言った。

考「まぁまぁ。で、葵さんは知りたいんだね。」

葵「うん、まぁ・・・」

葵はきまり悪そうに少し小さな声で答える。

考「分かった。ポイントはたった一つ。それをすることができれば、僕の言ったことがきっとわかると思うよ。」

葵「ひとつだけ?」

考「うん。文章を今までになく本気で読んでごらん。わからなかったら、わかるところを読む。自分なりに言い換えてみる。とにかく、自分の持てる力を結集して全力で読んでみるんだ。そのとき、何かが変わる。きっと葵さんにもわかるはずだよ。」

 

葵「・・それだけ?」

もっとすごい超スーパーハイパー必殺技的な秘策を教えてもらえると思っていた葵は、予想外の答えに声が裏返った。

考「そう、それだけ。」

考はニコッと笑って答えた。

葵「いや、でもそれじゃ、数学とか英語はどうするの?点数取れないじゃない!」

もう少しで、何言ってんだこの人と言いそうになったが、ギリギリでこらえる。

考「僕は点数の取り方を教えたわけじゃない。」

葵「なにそれ、それじゃ意味ないじゃない。それじゃ・・・私勝てないよ。」

考「勝てない?」

葵「いや、なんでもない・・・」

 

葵はそうつぶやくと部屋に戻っていった。

葵「(ダメだ・・・ちょっとでも期待した私がバカだった。何、その精神論??やっぱり頭のいい人のアドバイスは、私なんかには何の役にも立たないんだ。。)」

母「ちょっと葵!

すみません、先生。普段はあんな失礼なことしない子なんですけど。」

母が気まずくなった雰囲気をフォローする。

考「いえいえ、気にしないでください。葵さんは何かと闘っているみたいですね。どうか怒らないであげてください。じゃ、僕はこれで失礼します。」

考「あ、そうだ。葵さんにこれを渡してください。実力テストが控えているとお聞きしたので、ちょっとだけですがアドバイスを書いておきましたので。」

そういって、考はメモを残し、それを折って母に渡した。

考「では、次は月曜日に伺いますね。」

俊「ありがとうございましたー!」

一礼して、考は家を出た。

 

 

 翌日

UnsplashRyan Jacobsonが撮影した写真

 

ーーーーーーー金曜日ーーーーーー

葵「結局、勉強したようなしてないような。。」

一応、数学や英語の問題集に手をつけては見たものの、自分がどの単元で分からなくなっているのかすら分からないため、頭に入っている実感はほとんどなかった。

葵「全然ダメだ。しかも全然楽しくなんてなかったし。」

一応、昨日考が言っていたことが頭に残っていた。

自分にも勉強を楽しむことができるのではないか、そうできたらもっとサクサク勉強が進み、分からない問題も分かるようになるのでは・・

なんて夢のようなことを、思いつつ机に向かったが、現実はそう甘くなかった。

葵「やっぱり、あの先生の言ってることは私には当てはまらないよ。。」

 

 

学校に着くと、廊下でばったり奈々たちに出会った。

 

奈々「葵ちゃん、準備はできた?テスト、がんばりましょうね。」

葵「・・・」

奈々「やっぱり、ハンデつけてあげようか?」

葵「いらないから。私負けないもの。」

正直、ちょっとハンデをもらおうかと思ったが、そんな恥ずかしいことを言いたくないという思いの方が優った。

奈々「あ、そう。なら手加減しないから。」

奈々は冷たく笑うと、いつも一緒にいる他の2人の女子と共に去っていった。

テストが始まった。

 

 ーーー1時限目:数学ーーー

 

第1問。二次関数の問題だ。

葵「(あれ?昨日やったはずなのに、最大・最小の問題。。このあとどうやるんだっけ?いいや、次行こう!)」

第2問。図形と計量、三角比の相互関係の公式を使う問題。

葵「(ああ、だめだ。この公式忘れちゃったよ〜。どっちだっけ。tanθ=cosθ分/sinθ?それとも逆??」

第3問。高次方程式の問題。

葵「(・・・・さっぱりわからない)」

完全にペンが止まってしまった。

これが高校3年最初の実力テスト。受験生とはやはり甘くないのだろう。

分からなさすぎてすることがなくなった葵は、聞こえてくる音から周囲の状況を比喩的に見渡した。

葵のクラスはBクラスとはいえ、一応進学校の生徒だ。文系クラスで数学が苦手な生徒も多いが、皆、ペンをカツカツと鳴らしながら、問題と格闘しているようだ。

葵「(ああ、終わった。)」

葵ははや1限目にして奈々との勝負の負けを確信した。

 

 

 ーーー2時限目:英語ーーー

 

英語は簡単な文法問題から始まった。それは簡単、、なはずだった。

しかし、この問題についても葵にとっては簡単に正解できる問題ではなかった。

葵「(discussってaboutいるんだっけ???え、これ2年生の期末テストでも出てなかった?)」

できる問題を確実に得点しろ、と言っていた英語の先生の声が脳内再生される。

次の長文問題に入ったが、相変わらず分からない。とにかく分からない。

葵「(circumstance? 何この単語??ダメだ、どうやって読むかもわからん。みんな本当に読めてるのこれ??)」

定期テストの長文はある程度文章の内容を覚えていたので、点数を取ることができたが、実力テストは完全に初見の文章から出題される分かる単語を適当に並び替えて読んできた葵にとっては、この難易度は異次元レベルに感じた。

こうして、数学と英語の実力テストが終わった。

 

休み時間に廊下から外を眺めながら、葵はため息をついた。

葵「(終わった。。何がどう転んだって勝てる気がしない。私は部活を辞めて、受験も失敗して、ダメな大人になっていくんだ。)」

一気に将来の見通しまでが暗くなり、絶望を感じた。

葵「(部活やめたら、何しよっかな。。別に勉強って言っても、どうせ私には才能ないし、今さらやったって、大した大学には入れないんだろうな〜。ああ、なんか悲しくなってきた。)」

目薬を取ろうとして、通学カバンの後ろのポケットを開けると、そこに四つ折りにされた紙切れがあった。

葵「(そういえば、なんかメモをもらってたっけ。)」

葵はかばんから考のメモを取り出して開いてみた。

 勉強を楽しむ秘訣。

それは

「勉強を楽しむと決める」こと。

今から私は、勉強を楽しむ生き方を選ぶ。

 

そう決めて、宣言するだけ。

きっとこれまでと違った景色が見えてくるはずですよ。

 

 

葵「勉強を楽しむと決める・・」

正直、まだこのメモの意味するところを全て理解したわけではなかったが、「違った景色」という言葉が妙に気になった。

 

窓から見える学校の外の街を見ながら、葵は高校に入学してからの日々を振り返っていた。

高校1年生から今まで、勉強自体を楽しいと思った時ってあっただろうか。。

多分、全くなかったわけではないが、はっきりと思い出せる体験がほとんどなかった。

予習や復習、頻繁に行われる小テストに追われ、何が何だかよく分からないまま毎日が過ぎ去っていった。

勉強はしなければならないもの、大人になって困らないために今苦労しておけ。

そんなことを言われながら、今日まで何となくやってきた。

そういえば、自分から勉強したいと思って勉強したことはなかった

 

葵はすぅーと深呼吸をした。

葵「(どうせ、もう勝敗は決まっている。だったら、一度だけ、「楽しむ」と決めてみようかな。

このテストだけは、点数とか気にせず、ただ楽しむ。でも、楽しむって一体どうやるの?)」

そこで、ふと昨日の考の言葉を思い出した。

 

 

考「文章を今までになく本気で読んでごらん。わからなかったら、わかるところを読む。自分なりに言い換えてみる。とにかく、自分の持てる力を結集して全力で読んでみるんだ。そのとき、何かが変わる。きっと葵さんにもわかるはずだよ。」

 

葵「文章を本気で読む。よし、やってみる!」

葵は目薬をカバンにしまうと、教室に戻った。

 ーーー3時限目:国語ーーー

試験開始のチャイムが鳴る。

試験時間は、80分。評論文と小説、古文、漢文の4科目からの出題だ。

葵「(とにかく、現代文。自分の全力で読む!)」

一行目、二行目とじっくり文章を指でたどり、読んでいく。

葵「(うっ、難しい・・・日本語なのにどうして意味がわからないの?)」

葵「(そうだ、あの人確か、わかるところを読む、って言ってたよね。)」

考の言葉を思い出す。

葵「(わかるところだけ読む。「現代の自然環境保全論は〜行き詰まりを見せている」。なるほど、これなら私にもわかる!)」

葵「(あとは・・自分の言葉で言い換える、だったっけ。)」

葵「(「したがって、逆説的だが、これは的を射た主張だと言うことになる。」

逆説的ってどういうこと?ダメだ、わからない・・)」

やはり、数学や英語同様、実力テストは難しいのだと改めて思い知らされる。

しかし、明らかに先ほどの2教科とは違った手応えを感じ始めていた。

葵「(「・・・ビジネスチャンスに環境保全論が利用されているという現状は否定できない。」

これは、どういう意味?えーと、お金儲けにエコが利用されている現状があるってこと?確かに、エコに取り組んでいるアピールをしてる企業って多いのかも。)」

葵「(わかる!いつもよりわかる!)」

もちろん、難解な語彙も多く、すべてを理解できるわけではないが、集中が途切れることなく、文章を読み進めることができていた。

そして、問題文は次のように締めくくられていた。

 確かに、私たちが自然環境に対して抱えるべき問題は山積みであると言える。しかし、それでもなお大切なのは、私たちが大自然の雄大さに想いを馳せ、その自然に対する崇敬の念を持ち続けるという根本の部分ではないだろうか。」

葵「(自然の雄大さ。。つまり、自然ってすごいなーってことだよね。そういえば、昨年の夏、家族旅行で滝を見にいったな。あれ、すごかったかも。)」

ふと、過去の情景が思い出されたその時だった。

 

滝の流れる轟音がどこからか聞こえてきた気がした。

葵「(そうそう、こんな感じの音で、、ん?何これ?。。水!?)」

葵は霧吹きで水をかけられたような、かすかな水分を頬に感じた。

葵は、思わず顔をあげたが、次の瞬間、不思議な光景を目にした。

 

UnsplashJuliana Barqueroが撮影した写真

 

なんと目の前には旅行で見たあの滝の光景が広がっていたのだ。

流れてくる水の音、風に揺れる木々の音、ところどころで聞こえる観光客の喋り声。

葵「え、どういうこと?これって一体??」

突然のできごとに驚きはしたものの、もう一度この光景を見ることができたことが嬉しく感じた。

葵「なるほど、これが自然に対する『崇敬の念』ってやつなのかな。筆者が言っている意味、ちょっとわかったかも。こういう自然を大事にしたいっていう思いが、環境問題を解決するための土台になるってことなんだろうな。」

葵は今、自分が試験を受けている最中だということを半ば忘れて、とめどなく流れ続ける滝をただ眺めていた。

 

 

キーンコーンカーンコーン。

 

遠くから鐘の音が聞こえてくる。

どこかの学校だろうか。

葵「ん?学校の鐘??あっ!!」

先生「はい、そこまで!」

急に、目の前の大自然は消滅し、先生の声と共に見慣れた教室の風景が眼前に戻ってきた。

葵「(あああああ、そうだった!今試験中じゃん!!しかも、チャイムって。。まさか!?)」

 

葵は教室の前方に掲げてある時計を見ると、試験終了時刻をぴったりと指していた。

 

葵「ええええ!!!(やばいよ、やばいよ、まだ評論しか解いてないし、他、解答欄まっしろだよ。。)」

 

先生「はい、後ろから解答用紙を集めてー」

無情にも、回収されていく解答用紙。

葵「ううう、これで終わった。私のテニス部ライフ・・・」

おそらく奈々には絶対に勝てないであろうということと、80分間集中し続けた疲労で、葵はしばらく席を立つことができなかった。

 

真央「葵、どうしたの?死人みたいな顔してるよ。まさかテストそんなにヤバかったの??」

同じクラスで友人の山田真央(やまだ まお)が葵の前にきて、心配そうに見ていた。

葵「いや、全然だいじょうぶ。いや、全然だいじょうぶじゃないんだけど。。」

真央「どっちなの??笑。じゃ一緒に帰ろ〜」

葵は真央に連れられて、教室を出た。今日は授業はこれで終わりで助かった。この後、まともに授業を受けられる自信は全くなかった。

葵「(疲れたし、多分結果も散々な結果だと思う。

でも、なんか今すごくうれしいし、楽しかった!)」

こうして、高校3年、第1回実力テストは終わった。

桜は散り、すでに新緑の季節へと移り変わろうとしていた。

 

次回→第4話「勝敗と決意」

 

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