連載ストーリー

第6話「志望校調査」

前回のあらすじ〜

青仁高校3年6組在川葵(ありかわ あおい)は、弟、俊(俊)の家庭教師としてやってきた浪越考(なみこし こう)のアドバイスをきっかけに、勉強の楽しさを垣間見る。

受験生としての一年を悔いのないように過ごしたいという思いから、考を家庭教師として、勉強をスタートした。

一方、難関大志望クラスである3年9組の平順士(たいら じゅんし)は、個別指導塾チャンスにて、青仁高校OBである森野数生(もりの かずき)に数学を教わることになった。

そんなある日、葵は志望校が決まっていないと考に相談する。

考はパソコンで検索し、葵にある大学のホームページを見せた。

葵「えええ〜!!」

考が見せたパソコンの画面には、京都大学のホームページが映し出されていた。

葵「いや、何言ってるの?私には京大なんて無理だって!」

考「ああ、違う違う。僕が言いたいのは、国公立大学を目指してみたらどうかなってこと。」

葵「なんだ、そういうことか。。って、国公立だって私には難しいよ!」

 

そうだ。

志望校が決まらない理由はなんとなく分かっていた。

もちろん行きたい大学がない、分からないということもあったが、

そもそも自分がどこかの大学に行けるというイメージ自体が湧かなかったのだ。

 

考「なんでそう思うの?」

慌てて答える葵に対して、考はいつものように穏やかな調子で問いかける。

 

葵「だって、私バカだし、、国公立って全教科勉強しなきゃいけないんでしょ?今からやったって間に合わないじゃん。。」

考「その通り。受験についてよく調べているね。」

葵「学校の先生が言ってたから覚えただけだけど。」

考「じゃ、共通テストについてもだいたいは聞いたかな。」

葵「名前は知ってるし、説明されたと思うんだけど、あんまりちゃんと聞いてなかったかも・・」

ちゃんと聞いていなかったと言うのが恥ずかしくて、声がどんどん小さくなっていく。

 

考「まあ、入試のことってあんまり興味わかないし、一回聞いただけじゃ忘れちゃうかもしれないね。簡単に説明しておこうか。」

 

そう言うと、考は自分の持っているバインダーを広げ、ルーズリーフに図を書き始めた。

 

考「けっこう初歩的なところから説明するけれど、気を悪くしないでね。まず、大学には国や地方自治体が設立した国公立大と、民間の企業や人物が設立した私立大学の2種類がある。

国公立大と言う呼称には、

・国立大

・公立大

の二つが合わさっている。

例えば、今見せたホームページの京都大学は国立大学。

でも、京都府には京都府立大学という大学もあるんだ。

これは府が設置した大学で、公立大だ。」

 

考はペンで図を書きながら説明する。

 

考「次は私立大学。さっきも言ったように私立大学は、民間企業(多くは学校法人というけれど)が設置した大学で、京都府で言えば立命館大学などがそれにあたるね。歴史のある私立大学はけっこう有名人が学校を創設していたりするんだ。

例えば、私立大の最高峰として名高い早稲田大学の創設者は大隈重信、慶應大学の創設者は福沢諭吉だ。」

 

葵「へえ〜。福沢諭吉って大学作ってたんだ。」

考「じゃ、ここから本題に入るけど、葵さんはさっき、『国公立大は全教科勉強しなければならない』と言ったね。これはどうしてか知ってる?」

葵「入試に必要だからでしょ?」

考「そうだね。国公立大と私立大の入試科目を比較すると次のようになる。」

国公立大 私立大
共通テスト 5教科※ (2〜3教科)
個別試験 2〜5教科 3教科

(※2024年現在、共通テストの受験科目に「情報」が追加されています。ぜひ、最新の情報を確認しておきましょう。)

 

葵「共通テストと個別試験っていうのがあるけど、これは何?」

考「共通テストは大学入試センターという団体が作成する試験で、全国の受験生が1月に一斉に同じ試験を受験する。数年前までは『センター試験』という呼び名だったから、葵さんの保護者さんたちにとってはそっちの呼び方の方がなじみ深いかもしれないね。」

葵「ああ、そういえばお父さんも『センター』とか言ってた。」

考「じゃあ、葵さんのお父さんは大学に行ってたんだ。」

葵「うん。確か近畿大学って言ってた。お母さんは大学の後輩らしい。」

考「そうなんだ。近畿大学は関西圏ではそこそこ人気のあるいい大学だね。

で、個別試験だけど、これはそれぞれの大学が個別に試験問題を作成して、受験生は自分の志望大学に受験しにいくんだ。数学の問題集や英語のテキストに載っている(〇〇大)というのは、その大学で出題された問題、ということだね。」

葵「なるほどね〜。私立大学の共通テストが(2〜3教科)になってるけど、どうして?」

 

考「実は、私立大学は基本的に共通テストの受験は不要なんだ。だから、共通テストは事実上の国公立大を受験する生徒のための試験ということになる。ただし、私立大学の入試でも共通テストを受ける必要があるものも存在する。」

 

葵「???」

 

考「いわゆる『共通テスト利用型』と言われる入試タイプで、共通テストの点数だけで合格不合格を決定するという非常にシンプルなスタイルの入試だ。」

 

葵「なんか聞いてると、だいぶ私立大学の方が入試の形式がたくさんあるみたい。」

 

考「その通り!一口で私立大学と言っても、大学によって入試のタイプが違っていて、自分の大学がどんなタイプの入試形態を採用しているかを事前に公式ホームページで確認しておくといいね。ちなみに、指定校推薦の制度も私学にしかない。

 

葵「うう、なんだか混乱してきたぞ。」

 

考「よし、ここでいったんまとめておこうか。」

 

 ① 私立大学は大学ごとに様々な受験方式を用意している。受験に必要な試験科目や、受験の時期など、国公立大と比較して、幅広い選択肢が魅力である。

共通テスト利用型…共通テスト(2〜3教科)の点数の合計だけで、合格不合格を選抜する。したがって、実際に受験会場に行く必要がない

共通テスト1(2)科目利用型共通テストで点数の良かった科目を”持ち点”とすることができ、各大学での個別試験の点数を合計した点数で選抜する。

公募制推薦10月〜11月の秋の時期に入試を準備している私立大学も多い(関西圏では産近甲龍大など)。試験は1月や2月の一般入試のように2〜3教科の筆記試験が科される。ここで合格をしておくことができれば、実質すべり止めとなり、年明けのより難易度の高い大学への受験に専念することができる。

② 大学受験で受ける試験は大きく分けて、1)大学入学共通テスト、2)各大学の試験、の二つであり、国公立大を受験する場合は、1)2)をどちらも受験する必要がある。

 

 国公立大の魅力

葵「へえ〜、私立大と国公立大って何となく違うんだろうとは思っていたけど、入試のスタイルとかけっこう違うんだね。でも先生の話を聞いてたら、私立大の方がいいんじゃないですか?だって、選択肢が多いんでしょう?」

 

考「うん、だから僕も生徒によっては私立大学をお勧めすることもある。でも、葵さんの場合は国公立大がいいと思うんだ。」

葵「私?どうして?」

考「理由は簡単だ。勉強する教科がたくさんあれば、それだけ楽しい。」

考はにっこりと笑って答えた。

 

葵「えっ」

葵は思わず言葉を失った。

 

考「だって、文系の場合、私立大学の勉強は国語と英語と地歴に限られる。勉強を楽しみたいと言ってくれた葵さんにとっては、もっとたくさんの教科の勉強ができた方が飽きずに勉強できていいと思うんだ。」

葵「理由ってそれだけですか?」

考「うん、そうだけど。」

葵「いや、もっとこうなんか、就職に有利とか、学びの質が高いとか、あるのかな〜って」

考「まあ、多分あるのかもしれないけど、そこまで気にしなくて大丈夫だよ。」

葵「そんなんじゃ、大人になって困るんじゃ。。」

 今、ここに集中する

考「気持ちはわかるし、そうやって将来のことを考えることも大切だ。でも、今は目の前のことにだけフォーカスしてごらん。僕たちは将来のビジョンを立てて、まるで着実に進めていけばその将来が自動的にやってくるかのように考えてしまうけれど、先のことなんて誰にも分からない。

 

考は話しながら、葵の母が淹れたコーヒーを飲む。

 

考「僕たちにできることは、今を生きることだけだ。

葵「今を生きる・・」

考「だから、学ぶことを今は楽しむ。それだけで十分だと思うんだ。時に、5教科の勉強は大変に感じることもあるだろう。けれど意識さえすれば、毎日、新たな発見と成長があるはずなんだ。」

 

葵「・・・そんなふうに考えたことなかった。」

 

葵はこれまでの高校生活を振り返ってみた。

学校での日々なんて、ただ毎日がやってきては過ぎ去っていくもので、

授業の50分の間、次の授業のことを考えていたり、放課後の部活のことを考えていたり、帰って何しようかなとか、ずっといつだって未来のことしか考えていなかった

 

それも、特別な未来のためにずっとその日を思い描いてきたというわけでもなく、ただ漠然と少し先の未来を見て、そうやってその未来が今になった時には、また少し先の未来を見ている。

 

考「勉強した結果、確かに志望校に合格することはある。しかし、合格するために勉強するのではない。葵さんが、もっと学ぶ楽しさを知りたいと思ってくれたことを僕はとてもうれしく思っているよ。だからこそ、国公立大を目指してみてもいいんじゃないかと思うんだ。」

 

この人、どこかおかしいけれど、

でも、なんか言ってること分かる。

葵はそう感じた。

 

葵「って、いつの間にか私が国公立大志望で話が進んでませんか?」

どことなく恥ずかしくなり、葵は話を元に戻した。

 

考「はは。いや、無理強いはしてないんだけどね。嫌だったかな?」

 

葵「まあ、嫌ではないですけど。。。私にもできますか?」

葵はおそるおそる尋ねた。

 

考「大丈夫。できるよ。もう葵さんの中ではどうしたいか気持ちが決まってきたようだね。」

 

葵「い、一応!これ、出さないといけないから!」

心の中を見透かされたようでますます恥ずかしくなってきて、葵は慌てて机に置いてあった「志望校調査」の紙を手に取った。

葵「で、大学名とかは、国公立大って言っても、いろいろあるんじゃないですか?」

葵の質問に対して、考は微笑みながら答えた。

考「別に決まってなくていいと思うよ。『国公立大志望』とだけ書いて、出しておいで。きっと面白いことになるから。あ、もう19時か。今日はこれでおしまいかな。」

考は次の授業日とそれまでにやっておいてほしいことを告げ、葵の家を出た。

 

葵は考が帰った後、志望校調査の紙を見ながら先ほどのやりとりを思い返していた。

葵「今を生きる・・・か」

あの先生が家庭教師になって、2週間。

まだ2週間だけど、なんかこれまでの自分と少し変わってきた気がする。

実力テストでのこと、そして今日の志望校の話。

まだ、将来なりたい職業も、行きたい大学すらわからないけれど、

 

私はこれまでの自分とは違う景色が見たい。

 

葵「・・・よし!」

 

葵は右手にペンを取り、第一志望の欄に「国公立大学」としっかりとした字で書き記した。

 

次回へつづく。。

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