大学受験

総合型選抜のよくある誤解について

近年、総合型選抜という入試タイプによって受験する人が増えてきています。

総合型選抜とは、

簡単にいうと、これまでの自己推薦(AO入試)のようなもので、

学力だけではなく小論文や面接、大学で何を学びたいか、これまでにどのような課外活動をおこなってきたかなどを点数化し、総合的に判断して合否を判定するという入試です。

 

10年ほど前から、日本の大学・高等学校の教育改革が始まっており、

これまでに①大学入学共通テストの導入、②高校科目の再編(現代文→論理国語、文学国語など)、③「情報」の共通テスト導入

などが行われてきましたが、

この「総合型選抜」という入試スタイルも、

この一連の教育改革によって現れたものであると言えると思います。

 

これまでの大学入試は学力一辺倒であり、果たしてペーパーテストの結果だけで「学力」を判定するのはどうなのか。

こうした批判は以前からあったわけですが、

昨今のAIなどを始めとした、

日々目まぐるしく変化していく社会において、

より一層単なる学力だけではなく、

様々な要素を考慮して受験生を選抜すべきではないか

という機運が高まってきました。

 

今や、私立大学に限らず、

国公立大学、それも東京大学や京都大学といった最難関大学でも

「特色入試」というスタイルで総合型選抜を導入し始めています。

 

こうして、総合型選抜というのは今や特別な入試ではなく、

現実的な選択肢の一つになりつつあります。

 

しかし、だからこそ、

総合型選抜に対する誤解のようなものも広まってきているように感じます。

 

そこで今日は、こうした総合型選抜に関するよくある誤解について、書いてみようと思います。

私自身、総合型選抜の指導依頼をお受けすることもあるので、

現場として感じていることなども含めてお話しできればと思います。

 誤解1:総合型選抜は難易度が低い

学力試験がないからでしょうか。

総合型選抜は、実際にその大学の一般入試を受けるよりも合格しやすい、

または低い偏差値でも合格できる、

こうした考えをもたれている方が少なくありません。

 

これは明確に誤解であるとお伝えさせていただきます。

 

むしろ、私の考えでは、

総合型選抜の方が圧倒的に難易度が高いと思っています。

 

とりわけ、

・早い時期に入試を終わらせたい

・勉強は苦手だから、面接などで点数を稼いで名門大に入りたい

こうした動機で受験する場合、合格するのはなかなか難しいというのが正直なところです。

 

大手の総合型選抜を指導する塾には

総合型選抜にかんして、

「多少偏差値が足りなくても、名門大に合格できる逆転のチャンスがある入試形態です!」

と宣伝し、受講生を集めているところもあったりしますが、

それは半分正解で半分不正解なのではないかと思います。

 

いわゆる面接が得意というのも、

例えば「人見知りしない」といった自分の感覚によるもので、

実際に面接官が採点基準としているものとズレがあったりして、

そこまで高得点を期待できないということも十分にあり得ます。

 

何となく勉強しなくても受験できそう、学力レベルが届かない大学でも総合型ならチャレンジできる。

こうした発想はかなりリスクが高いと思います。

 誤解2:総合型選抜には学力は不要である

総合型選抜が導入された背景を考えれば、

単に学力だけではなく

面接や志望動機、高校での頑張りなどを総合的に評価して合否を判定するという総合型選抜は

まさに「人物重視」の選考であると思えるかもしれません。

 

そして、その一面があることは私も否定しません。

 

しかし、それは決して国語や英語、数学、理科といった各教科の学力が不要であるというわけではありません。

むしろ、国公立大大学や難関私立大学の総合型選抜は、

受験生が確かな学力を持っているかどうかを想像以上に重視しています

 

その証拠に、総合型選抜の試験科目の配点を見ると、

学力試験の配点がかなり高いことが多いです。

 

あるいは、

小論文が試験科目として課されており、

課題文を分析し、自分の思考を文章化するという力をどれだけ持っているかをしっっかり判断されます。

大学によっては、大学入学共通テストを受験して、

そのスコアを提出することを義務付けているというところもあります。

こうしたことを考慮するに、

総合型選抜においても

ある程度以上の学力は要求されている

と判断すべきであると思われます。

 誤解3:小論文や志望理由書を作成する方が受験勉強より楽である

すみません。

これも全くの誤解であると言わざるを得ません。

小論文というのは非常に高度な能力を要求されている試験であり、

これを国語や数学の学科試験よりも簡単であるとは到底言えません。

※現に、最難関大学と言われる慶應義塾大では入試科目として「小論文」が課されます。

 

また、志望理由書についても

相手を納得させるほどのクオリティにするのは

それほど簡単なことではありません。

・なぜその大学でなければならないのか

・その大学に入って私は何を学びたいのか

・その興味関心のあるテーマについて、これまでにどのようなことを調べてきたのか

こうしたことをじっくりと考え、

わかりやすく相手に訴えかける文章にして

ようやく「志望理由書」として提出することができます。

 

ネームバリューのある大学だからといった理由で、総合型を受験しようと思うと、この志望動機のところで必ず行き詰まってしまいます

 

 受験において勉強から逃げることはできない

これまで、総合型選抜についてのよくある誤解を見てきました。

少々、厳しい指摘になってしまったかもしれません。

しかし、一つ覚えておいていただきたいのは

受験において、やはり勉強から逃げることはできない

ということです。

もちろん、

例えば、数学が苦手なので、数学を試験科目に課さない大学を受験する

といった自分の得意不得意を考えた志望校選択は大切です。

 

しかし、勉強すること自体からは逃げられません。

これは総合型選抜に関しても同じです。

志望理由書や小論文作成においても、別の勉強が欠かせません。

人によって適性があるので、総合型選抜の準備の方が勉強よりも楽に感じるという方もいるでしょう。

それでも何かをコツコツと覚えたり、考えたりするといった作業は

どの入試においても必要不可欠であるということは

ぜひとも覚えておいてほしいです。

 

なぜか。

それは当たり前の話ではあるのですが、、、

 

大学が研究機関だからです。

 

もちろん、勉強がすべてとは言いませんが、

大学生になるというのはそういうことです。

 

こうしたことを理解した上で総合型選抜を受験するのであれば、

それはきっとあなたに適した入試スタイルだと思うので、

きっと努力に応じた結果を期待できるでしょう。

 

ただ、

今日考えたような誤解に基づいて、

なんとなく総合型選抜を受験して失敗してほしくない

そうした思いもあって、

今日は記事を書きました。

 

個人的には、一般受験を目指して

それぞれの教科を勉強するのも案外面白いぜ。

って言いたい気持ちもあります笑

 

高校で勉強したことって、社会に出ても役に立たない

とよく言われますが、

個人的にはそんなことないと思いますし、

 

仮に社会に出て役に立たないとしても、

人生においては役に立たないことなどないので、

それはそれでいいのかなと。

 

それこそ、

国語や数学、社会、それぞれの教科の知識って、

”総合的な”知恵の土台になっていたりするので。

 

というわけで

最近何かとはやりの総合型選抜について、

思うところを書いてみました。

お問い合わせ