〜前回のあらすじ〜
青仁高校3年6組の在川葵(ありかわ あおい)は、同じテニス部の服部奈々(はっとり なな)と実力テストの点数で勝負することになった。負けた方がテニス部を辞めるという重大な勝負だったが、服部はAクラスと呼ばれる選抜クラスの所属であり、Bクラス(通常クラス)の葵の敗戦は濃厚だった。
テストの前日、葵の弟、俊の家庭教師として家にきた浪越考(なみこし こう)から、実力テストに向けたアドバイスを一つだけもらう。
アドバイスを実践した最後の教科、国語のテストで葵は不思議な体験をする。
葵の目の前に、文章の内容から想像した大自然の風景が広がっていたのだった。
4月。実力テストが終わった翌日の土曜日。
葵は部活に行く気になれなくて部活を休んだ。
3年生にとって最後の大会が6月に控えており、大事な時期だったが、もはや葵にとっては関係のないことに思えた。
葵「どうせ、勝負は私の負け。数学も英語も大してできなかったし、国語に至っては4問中、最初の評論文しかまともに解けていない。あ〜あ〜あ。なんであんな勝負受けちゃったんだろう。。」
月曜日には試験が返却される。
その日の昼休みには、奈々と答案を見せ合い、勝敗を決めることになっている。
葵「あのテストで服部さんは一体何点くらい取るんだろう?意外と私と同じくらいだったりして、、」
そんなわけないか。とすぐに自分の妄想を打ち消した。
葵「それにしても、あれは一体なんだったんだろう。。」
葵は、国語のテスト中に眼前に広がった滝の風景を思い出していた。
あれは、想像というにはあまりにもリアルだった。
水しぶきが確かに顔にあたるのを感じたし、まるで自分がそこにいるかのように周囲からいろいろな音が聞こえていた。
葵「あの先生が言っていた、『景色が変わる』って、こういうこと??来週月曜日にまた俊の授業で来るって言ってたっけ?聞いてみようかな。。」
考なら何か知っているのではと思った葵だったが、すぐにその考えを取り下げた。
葵「いや、やめておこう。点数がひどすぎて見せられない。俊にもバカにされちゃうよ。」
俊に対して尊大な態度をとってしまったことが悔やまれた。葵はこの実力テストの結果や、奈々との勝負のことは誰にも言わないでおこうと誓ったのだった。
補足ー実力テストー
通称「実テ」。多くの進学校では定期テストとは別に実力テストという試験が存在する。
定期テストは特定のテスト範囲が指定されており、問題も教科書やワークと同じ文章から出題されるが、これは本来の実力を反映しているとは言い難い面がある。
なぜなら、文章自体を暗記したり、ワークの答えを暗記したりして、定期テストで高得点を取ることができる生徒がいるからである。(特に頑張り屋の生徒がこのような傾向にあることが多い。定期テストでは点数が取れるのに、模試になるととたんに点数が悪くなるというパターンもこうした勉強法が一つの原因である。)
そこで、進学校の先生方は外部模試(進研模試、駿台模試など)のように、自分たちでこれまでの学習が定着しているかを測るためのテストを作成し、実施している。
これが実力テストである。
したがって、実力テストの出題範囲はこれまでに学習したこと全てであり、事実上の校内模試と言える。(実際に校内模試という表現を用いる学校もある。)
国語や英語は初見の文章から出題される。当然、記述問題が中心である。
学校の方針にもよるが、このテストで6割以上を得点できれば、順調に学習できていると捉えて良いだろう。
※参考までに。こちらの記事も↓
月曜日。実力テストの答案が返却された日の昼休み
葵はテニス部の部室に来ていた。
そこには奈々と、彼女といつも一緒にいる二人の女子もいた。
奈々「あら、ちゃんと来たのね。それは褒めてあげる。」
奈々は相変わらず自信たっぷりにそう告げた。
女子A「いい点数、とれたの?」
葵はすでにこの場所に来たことを後悔し始めていた。
奈々のあの顔からしても、絶対いい点数を取っているに違いない。
返された答案を後ろに隠しながら答える。
葵「いや、それは・・・」
奈々「それじゃ、お互いの答案をオープンしましょう。まずは数学からよ。」
ここまできたらもうどうにでもなれ。
葵は半分投げやりな覚悟で答案を机の上に広げた。
数学
服部菜々・・・130/200
在川葵・・・37/200
葵「うそ、、100点近く差がついてるなんて。。」
奈々「もう勝負は決まりね。」
女子B「せっかくだし、他のも見たい!」
奈々と一緒にいる女子がはやしたてる。
続けて、葵と奈々は英語の答案を広げた。
英語
服部菜々・・・127/200
在川葵・・・40/200
葵「服部さんすご。。私あの英文全然わからなかったのに」
葵は、嫌悪感というよりもむしろ、奈々の学力をうらやましく感じ始めていた。
女子A「葵ちゃん、これ、ほんとに200点満点?どうやったらそんな点数取れるの?」
周りにいる女子ふたりが笑い出す。
奈々「これで私は合計257点。葵ちゃんは77点。仮に私の国語が0点でも、あなたは191点以上とってないと勝てない。これでとどめよ!あなたに引導を渡してあげるわ!」
葵「・・・」
国語の解答が公開された。
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その日の晩
考「では、今日はこれで失礼します。」
俊「ありがとうございましたー!」
考は俊と母に一礼して、玄関を出ようとしていた。
葵「あの、先生・・・」
自分の部屋のドアをそっと開けて、葵が考を呼び止めた。
考「あ、葵さん。テストはどうだった?」
葵「テストでこんなに疲れたの初めて。でも・・・こんなに楽しかったのも初めて。」
考「そうか。それならバッチリだね。」
あえて点数などは聞かず、考はいつものようにニコッと微笑んだ。
葵「先生。ごめんなさい。そして、ありがとうございます。私失礼なこと言ったのに・・・メモ、助かりました。」
昼とは違って、葵は少し晴れ晴れとした表情をしていた。
母は前回考と会った時とは違って、いつも通りの、いや、少しやり遂げたような姿の葵を微笑ましく見ていた。
考「ああ、全然大丈夫。気にしないで。じゃ頑張ってね。」
考は葵に微笑みかけ、家を出た。
葵はしばらくそのまま黙っていたが、手のひらをぎゅっと握りしめて、母に伝えた。
葵「お母さん・・・私、勉強したい。」
葵の真剣な眼差しを見て、母は娘の意図を理解した。
母「フフフ。分かったわ。でも、私より、先生にお願いして来たら?」
といって母は玄関の方に顔を向けた。
葵「うん!ありがとう!」
葵は家を飛び出し、エレベーターに向かった。
すでにエレベーターの階数表示は1Fを指していた。
葵は階段を急いで駆け降りていく。
マンションのエントランスを出て辺りを見回すと、少し遠くに考が歩いているのを見つけた。
葵「(この一年、楽しく勉強したい。自分がどこまで成長できるのかやってみたい!一度きりの高校3年を悔いのないように生きたい!)」
葵は走って考を追いかけ、声の届く距離まで近づいて呼びとめた。
葵「はあ、はあ、、
浪越先生!
あの・・・
私の家庭教師になってください!!」
ーー葵の高校最後の1年が、動き始めた。
その頃、職員室では・・
京極「おつかれー」
年配の男性教員が入ってきた。
山名「京極先生、お疲れ様です。どうでした実力テストの結果?」
若い女性の教員が振り返って答える。
京極「Aクラス平均125.5点。Bクラス1組の平均は75.8点だ。こんなに点差が開くとはな」
山名「さすがはAクラスですね。」
京極「しかし、Aクラスはなんとも張り合いのない答案が目立ったな。特に記述問題での無回答が目立った。あいつら、漢字や文法問題できっちりとってきてる。まぁ、そう教えてるから当たり前なんだけどな。」
年配の男性教員は買ってきた缶コーヒーを開け、それを少し口に含める。
山名「ははは。取れるところで確実に得点する。受験の鉄則ですからね。」
若い女性教員の方はパソコンに向かって作業をしながらそれに応える。
京極「そうなんだが・・・作ってる方からすると、つまらんな。国語の試験問題を作るのがどんなに大変か奴らは分かってんのか。」
山名「まぁ、分かってないでしょうねー」
京極「山名、そっちはどうだった?残りの文系Bクラスはお前の担当だよな。」
山名「そうですね、うちも平均点はどこのクラスも70点台でしたね。あ、でも・・一人面白い答案がありましたよ。」
京極「ほぉ、誰のだ?」
山名「在川葵さん。6組の生徒です。」
京極「いや知らんな。何点だったんだ?」
山名「えーと確か。。」
山名は自分のパソコンからデータを管理しているファイルを開き、彼女の名前を探した。
山名「あ、あったあった。42点です。」
京極「って、平均点以下じゃねえか。どこが面白いんだ。」
京極が思わずツッコミを入れ、二口目のコーヒーを飲む。
山名「これ、彼女の答案のデータなんですけど・・・」
山名はパソコンの別のファイルを開き、答案のデータを出した。
京極「なんだこれ!?小説も、古文も漢文も全く解いてないじゃねえか!」
思わず、口に含めたコーヒーを吹き出しそうになる。
山名「そうなんです。でも評論の部分見てください。」
京極「ああ、俺もそっちに驚いているよ。これはやる気がなかったから解いてないんじゃない。解けなかったんだ。さしずめ評論に時間を割きすぎて時間切れになったといったところか。」
山名「結果、評論42/50。小説が0/50、古文0/50、漢文0/50です。しかも、彼女の記述の部分をみてください。」
京極「評論の200字記述問題は・・は?200字超えで減点??解答欄をオーバーして書いてやがる。こいつは何を習ってきたんだ?」
確かに、そこには解答欄の左側にはみ出しながら、記述解答が書かれている。
山名「でも、この回答・・・」
京極「ああ、全部、自分で一から答えを作ってる。普通、国語の記述問題って、文章に存在する表現をベースにして作るものだ。しかし、環境保全をエコって・・・面白いなこの子。」
山名「ほとんどこんな書き方をしてくる生徒はいないので、ちょっと採点に困りましたよ。でも、問題には正しく答えているので、一応文字超過分だけ減点して、あとは点数あげてますよ。」
山名の説明を聞きながら、京極は葵の答案に見入っていた。
京極「にしても、、評論の点数だけでいけば、Aクラスに匹敵する点数だな。まあ、試験時間の全部を使ってるから、条件はフェアじゃないがな。この在川って生徒はいつもこんな感じなのか?」
山名「いや、今回だけですよ。いつもは他の生徒とそう大差ないって言ったら失礼ですけど、そんな感じだったんですがね・・・」
怪訝そうな顔で山名が答える。
京極「塾にでも行き出したのか?いや、それにしては得点の効率が悪すぎる。塾がこんなことを教えるとは思えん。」
山名「そうですね。彼女の答案からは一点でも多く取ろうという気が全く感じられない。」
京極「まったくだ。在川葵。おもしろい生徒だ。」
京極はそう言うと、残っていたコーヒーを飲み干した。
その頃、奈々の家では・・
奈々「勝つには勝ったけど。。気に入らない!」
こぶしで机を叩き、奈々は苛立ちを募らせていた。
国語の点数は、奈々が130/200、葵は42/200でスコアからすれば奈々の圧勝だった。
しかし、評論文の点数だけを見ると、奈々は35/50、葵は42/50で、葵が奈々を上回っていたのだった。
奈々「しかも、解答用紙はみだしてまで、答えを書くなんて、、そんなことしてる時間があったら、古文とか漢文の最初の知識問題をなぜやらないのかしら。」
もちろん、勝負自体は奈々の圧勝だったが、その葵の態度に自分でもうまく説明できない腹立たしさを感じた。
そして、評論の点数で葵に負けたと言うことも許せなかった。
奈々「葵ちゃん。。このままでは終わらせないわ。覚えていなさい。」
奈々は次のテストではすべての面において、圧倒的な差をつけてやると誓うのだった。
→次回:第5話「エリートの受験」