今日は、紅野謙介氏の『国語教育の危機ー大学入学共通テストと新学習指導要領』の紹介と読んだ感想を書きたいと思います。
今年度から、センター試験に代わり、「大学入試共通テスト」が実施されます。
このブログをご覧になっている方なら、少なからず関心をもっているのではないでしょうか。
この本では、「大学入試共通テスト」の前に実施された、「モデル問題(2017年5月)」と「プレテスト(2017年11月)」の分析を通して、国語教育改革の動向を論じています。
およそ一年半前の、2018年9月に出た本で、今にいたるまでの入試改革の整理としても一読の価値があります。
◯この本はこんな人におすすめ
- 現役の国語の先生
- 今、国語の先生を目指している人
- 塾の先生で入試制度や出題傾向を知りたい人 など
・国語教育の危機―大学入学共通テストと新学習指導要領 (ちくま新書)
『国語教育の危機』と言われると、いささかおおげさなタイトルに感じるかもしれません。しかし、筆者がどのような意味で国語教育が「危機」にあると述べているのか、読めば納得できます。
『国語教育の危機』の概要
本の概要について、僕なりにまとめてみました。
◯この本で分かること
- なぜ、「学習指導要領」が変わり、センター試験が変わるのか。
- 「大学入試共通テスト」はどんな内容になりそうなのか。
- 「大学入試共通テスト」の狙いと、それはセンターの欠点を超えるか。 など
それぞれ説明していきます。
1、新学習指導要領の始動、センター試験の廃止の理由
現場の先生方、あるいは教員採用試験を控えている方なら誰しも、今が教育の過渡期にあることを感じておられると思います。
公教育の指針となる学習指導要領が新しくなり、大学入試が大きく変わる。
一体、この背景にはどのような状況があるのか。
このあたりのことがとても分かりやすく説明されています。
また、今回の学習指導要領改定は、これまでの改定と比較してもより抜本的なものとなっています。
その一例が、教科の内容編成の大幅な変更です。
国語でいえば、これまでは「国語総合」、「現代文AB」、「古典AB」、「国語表現」といった科目に分かれていましたが、これらの科目が「現代の国語」、「言語文化」、「論理国語」、「文学国語」、「古典探究」、「国語表現」に姿を変えることになります。
本書においても、第2章をまるまる用いて、学習指導要領の説明を行なっており、この改革が現場の国語の授業編成にどのような影響を与えることになるのかを分析しています。
2、「プレテスト」分析から分かる「大学入試共通テスト」の内容
『国語教育の危機』で最もページを割いて書かれているのが、この部分です。
センター試験が廃止され、代わりに始まる「大学入試共通テスト」。
これが一体どのようなものであるかを考察していきます。
その手がかりとなるのが、2017年に実施された「テスト問題」と「プレテスト」です。
本書はこの二つのテストの分析を通して、「大学入試共通テスト」がどのような力を受験生に問うているかをあぶり出します。
実際に、問題例と答えが載っているので、一度解いてみてもいいかもしれません。
これまでのセンター試験との違いが、はっきりと分かると思います。
3、「大学入試共通テスト」はセンター試験を超えるか
この一連の改革の根っこには、現状に対する批判があり、それを乗り越えたいという意図があります。
つまり、「大学入試共通テスト」はセンター試験よりもテストの質の点で、上回っている必要があるわけです。
本当に上回ることができるのか?
筆者の主張では、「プレテストの感じを見る限り、ノー」です。
それは言いがかりでもなんでもなく、プレテストの問題を見る限りそう言わざるを得ない、というのです。
- 大量の記述問題を同一基準で採点することの難しさ
- そして、その記述問題は生徒の確かな学力を測る指標となりうるのか
- そもそも共通テストで生徒たちの「思考・判断・表現力」の全てを測ることが可能なのか
このような疑問が残ってしまう、と述べられています。
筆者は、この学習指導要領の改訂や、入試制度の改革などの一連の改革の目的を否定してはいません。
ただ、それを実行するための方法・手段については大いに検討の余地がある、というのです。
なぜなら、今のまま改革が進んでいけば「国語教育」を重大な危機に陥れることになってしまうからです。
複数の情報のなかから的確な情報を集約し、それらを組み合わせて、既成観念にとらわれない自由で創造性あふれた思考力・判断力・表現力の育成を目指す、そのことに誰も異論はないでしょう。しかし、掲げた目標はその能力の獲得にいたる過程のすべてを正当化するものではないのです。
(『国語教育の危機』p.273より引用、太字は引用者による)
筆者はこのように述べ、改革へと一気になだれ込んでいく情勢に警鐘を鳴らしています。
その他 テストがどのようにして作られるかが分かる
個人的に、ためになって面白いなと感じたのは、「テストの作り方」についてです。
名門校麻布高校の教諭を経て、現在日本大学の教授を務める筆者が、良いテストとは何か、選択肢はどのようにして作成するか、記述式の採点はどのように行うか、などを説明しており、これから現場でテストを作成することになる国語科教員志望の方にはオススメの一冊です。
また、テスト作成側から見た問題の解き方も随所に披露されていて、「なるほど、そうやって解けば簡単にこの問題は答えにたどり着いてしまう」と感心しました。
一つのテストとは、作問者たちが苦労を重ねて作り上げた立派な作品なのだなー、と改めて思わずにはいられませんでした。
まとめ 『国語教育の危機』、教育について考え直すための一冊
この本での結論は、次の筆者の一言に要約されているかもしれません。
思考力・判断力・表現力は、そういう手間暇をかけていかなければ簡単には身につきません。「学習指導要領」にしてもそうですが、「大学入試共通テスト」に記述式問題をほんのわずか導入し、たくさんの「資料」を読み込ませる複合型の試験問題を作り、これで思考力・判断力・表現力が育てられるのなら何の苦労も要りません。
『国語教育の危機』p.284より引用
国語という教科はすべての教科の土台となる教科といって差し支えありません。
したがって、その動向は国語科の先生だけではなく、他の教科の先生方にも注目されています。
その国語教育が今、改革により危機に直面している。
「国語とは何を学ぶための教科なのか。」
それは、教育に携わる人、一人ひとりに突きつけられた課題であることを感じさせる一冊です。
分かりやすい説明と、時折挟まれるツッコミがおもしろく、読みやすい一冊でした。
ぜひ、一度読んでみてはいかがでしょうか?